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仙台高等裁判所秋田支部 昭和30年(ナ)4号 判決

原告 鳴海正巳 外二名

被告 青森県選挙管理委員会

補助参加人 石山栄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

原告代理人は「被告が原告等の昭和三十年四月三十日執行の弘前市議会議員選挙における当選の効力に関する訴願に対し昭和三十年九月十五日なした請求棄却の裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、一、原告等三名は昭和三十年四月三十日執行の弘前市議会議員選挙における選挙人である。二、本件選挙は定員三十六名に対し立候補者九十一名に達したが、開票の結果選挙会は候補者前田宗忠の得票八百九十票(第三十五位当選)、同石山栄(被告補助参加人)の得票八百三十七票(第三十六位当選)、同山口貞作の得票八百三十一、三六〇票(次点)と決定告示した。三、しかしながら右選挙会の決定は各候補者の得票数の算定に重大な過誤を犯し、ために山口貞作を落選とし前田宗忠、石山栄を当選としたものでこの決定は誤つているから、原告等は昭和三十年五月十三日弘前市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し当選の効力に関し異議の申立をなし市選管は同年六月八日異議棄却の決定をなしその決定書は翌九日原告等に交付された。原告等はこれを不服としさらに同年六月二十九日被告青森県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に対し訴願を提起したところ、被告県選管は市選管のなした各候補者の得票数の算定に重大な誤謬のあつたことを認めこれを是正し、前記三候補者の得票数を前田宗忠八百四十票、石山栄八百三十八票、山口貞作八百三十七、〇八四票と認定し、同年九月十五日結局原告等の訴願を棄却する旨の裁決をなし、同年同月十六日該裁決書を原告等に交付した。そこで原告等はなお右裁決に不服あるがため同年十月十二日原裁決の取消を求むるため本訴を提起したものである。四、候補者山口貞作の有効得票は合計八百四十二票及び候補者福島貞作と同山口貞作との按分票を加へたものとなるべきである。その内訳は次のようである。

(一)  八百二十四票

これは選挙会の決定した候補者山口貞作の有効得票八百三十一票のうちその有効であることにつき当事者間に争のないもの。

(二)  五票

右八百三十一票のうち被告補助参加人が無効であると主張するに対し原告が有効であると主張するもの。

(1)「ヤマ口チ」と記載した投票一票(検第二十号、これは検証調書添付写真番号を示す、以下同一)

この投票は選挙人が「ヤマ口(グチ)テ」と記載せんとし「ヤマ口チ」と誤記したものであり、選挙人の意思が候補者山口貞作に対し投票したものであることは明白である。

(2)「山口直作」と記載した投票一票(検第二十一号)

(3)「山口貞一」と記載した投票一票(検第二十二号)

(4)「山口貞夫」と記載した投票一票(検第二十三号)

以上の三票は候補者中に直作、貞一、貞夫の名を有する者がないところからみても、いづれも選挙人は「山口貞作」と記載せんとし誤つて右のとおり記載したもので候補者山口貞作に対し投票したものであることが明らかである。

(5)「上口貞作」と記載した投票一票(検第二十六号)

この投票も候補者中に「上口」なる姓を有する者がないので右の「上」は「山」の誤記であり選挙人は候補者山口貞作に対し投票したものであることを確認することができる。

(三)  十三票

これは選挙会の決定した無効投票のうちから原告が候補者山口貞作の有効投票であると主張するもの。

(1)  「」と記載した投票一票(検第六号)

この投票は「山」の次の「口」以下の文字が鮮明を欠くけれどもその運筆、筆勢からみて「山口」と判読するに十分であるから、候補者山口貞作の有効投票と認むべきである。

(2)  「」と記載した投票一票(検第七号)

この投票は明らかに左文字で記載されたものであり、左文字も文字と認め得るし、またこの記載は「ヤマグチ」と判読し得るから候補者山口貞作の有効投票と認むべきである。

(3)  「ヤマダヅ」と記載した投票一票(検第八号)

(4)  「ヤマグ」と記載した投票一票(検第九号)

(5)  「カマグ」と記載した投票一票(検第十号)

(6)  「ヤマク」と記載した投票一票(検第十一号)

(7)  「ヤマロツ」と記載した投票一票(検第十二号)

以上の七票はいづれも選挙人が「ヤマグチ」と記載せんとしたものとすれば誤字、脱字、書損があるけれども、「山口」と判読できるから、候補者山口貞作に対し投票されたものと認むべきである。

(8)  「カマワチチリ」と記載した投票一票(検第十四号)

(9)  「山口」と記載した投票一票(検第十五号)

(10)  「グチ」と記載した投票一票(検第十六号)

(11)  「ヤマウチ」と記載した投票一票(検第十七号)

(12)  「ヤマウツ」と記載した投票一票(検第十八号)

(13)  「ヤマグ」と記載した投票一票(検第十九号)

以上の(8)乃至(13)の六票もその記載には誤字、脱字があるけれども、選挙人の意思は候補者山口貞作に投票したものと確認し得るから同人の有効得票となすべきである。

(四)  候補者山口貞作と同福島貞作とに按分さるべき有効投票は選挙会で決定した一票があり、且県選管が右福島貞作の得票中から発見した「ていさく」と記載した一票が存在し、さらに無効投票中に「ラサぐ」と記載した投票一票(検第十三号)があつて、この投票は「テサぐ」「テイサク」「貞作」と判読できるから、前記両候補者の按分有効票たるべきものである。

(五)  候補者山口貞作の得票中「山口範代」(検第十四号)「山口簡」(検第二十五号)と記載した投票合計二票、無効投票中「山口義三郎」(検第四号)「鳴海貞作」(検第五号)と記載した投票合計二票が候補者山口貞作の有効投票であることは主張しない。無効投票であることを認める。

五、被告補助参加人石山栄の有効投票は八百三十五票である。

(一)  選挙会の決定した候補者石山栄の得票八百三十七票のうち八百三十四票についてはその有効なることを争はないが左の三票は無効である。

(1)  「いすむらさかい」と記載した投票一票(検第一号)

この投票は右石山栄に対し投票せられたものとは認め難い。右の投票は候補者石山栄の氏名を記載したものとはなし得ないので無効である。

(2)  「イシマ」と記載した投票一票(検第二号)

これは参加人石山栄に対し投票されたものとは認め難い。本件選挙の行はれた地方の慣習として氏名の一部を省略して呼称する例があり、例へば「石田政吉」を「石政(イシマサ)」と称するようなものである。候補者中に石戸谷政弘があるから右の記載は右氏名の略称「イシマサ」の「サ」を脱字したものか或は「イシヤマ」の「マ」を脱字したものか判定し難いから無効投票となすべきである。

(3)  「エシヤマハヅメ」と記載した投票一票(検第三号)

候補者石山栄が訴外石山元吉の長男であることは認めるが、同人の通称が「ハジメ」または「ハヅメ」であることは否認する。この投票は「ハヅメ」なる他事記入があるから無効たるべきものである。

(二)  左の投票七票は無効投票中被告補助参加人が有効を主張するに対し原告が無効を主張するものである。

(1)  「栄山石」と記載した投票一票(検第二十七号)

人名は下から読むことはあり得ないので、この投票を候補者石山栄の氏名を記載したものとはなし難く無効投票となすべきである。

(2)  「イシオカサカイ」と記載した投票一票(検第二十八号)

この投票は候補者石岡典修、同石岡健次郎と同石山栄の氏名の混記であり、いづれの候補者に投票したものか判定し難いから無効投票である。

(3)  「ヤマサガエ」と記載した投票一票(検第二十九号)

候補者石山栄の氏名と他の候補者氏名の混記であるから無効投票たるべきものである。

(4)  「石川さかい」と記載した投票一票(検第三十号)

この投票は候補者石川源太と同石山栄との氏名の混記であり、候補者のいづれに投票したか判定し難いので無効投票である。

(5)  「イシヲカサカエ」と記載した投票一票(検第三十一号)

(6)  「石岡栄」と記載した投票一票(検第三十二号)

以上の二票は候補者石岡典修、同石岡健次郎、同石山栄の氏名の混記であり、いづれの候補者に投票したものか判定不能であるから、無効投票となすべきである。

(三)  無効投票中「山サカエ」と記載した投票一票については被告補助参加人の主張するとおり候補者石山栄の有効投票であることを認める。

六、以上のとおりであるから、候補者山口貞作の有効得票は八百四十二票及び按分票の一部となるのであり、同石山栄の有効得票は八百三十五票となるので候補者山口貞作が当選者たるべきであり、同石山栄は次点者となるべく、従つて原裁決は取消さるべきである。

七、昭和三十年四月三十日執行の弘前市議会議員選挙における候補者の氏名、その得票数、得票総数(選挙会及び県委員会の決定したもの)は県選管の裁決書(甲第一号証)に記載するとおりであると述べた。(立証省略)

被告代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、原告主張事実中一乃至三及び七の点はこれを認める。

(甲)  候補者山口貞作の得票八百三十一票のうち後記(イ)の(1)(2)の二票(検第二十四号、第二十五号)を除きその余の八百二十九票が有効であることは争はない。また原告主張の如き按分投票三票があることも認める。

(イ)  候補者山口貞作の得票中左の二票は無効と認める。

(1) 「山口範代」と記載した投票一票(検第二十四号)

これは候補者中に山崎範代があり、候補者山口貞作の姓と同山崎範代の名とを混記したもの。

(2) 「山口簡」と記載した投票一票(検第二十五号)

これは右山口貞作の姓に右山崎範代の「範」か或は候補者石山栄の「栄」を混記したものとみるべきである。

(ロ)  無効投票中から原告が候補者山口貞作の有効投票であると主張するものについて。

(1) 「」と記載した投票一票(検第六号)

上方の記載が「山」であることは判読できるが、その下方の記載は文字であるかどうか判明せず且候補者中には山崎範代、山田義三郎、山本正太郎、山口貞作など「山」のつく姓を有する者が四名あるので、右の投票は四名のうちいづれの姓とも判読できないから、無効投票となすべきである。

(2) 「」と記載した投票一票(検第七号)

これは選挙人が型紙をさかさまに使用して記載したものと認められるから、選挙人の意思が公正に表明されたものとはなし難いので無効とすべきである。原告は「ヤマグチ」と記載したものと主張するが、該投票の字体から判断して「ヤマザキ」と読むのが正しいから候補者山口貞作の有効投票とみることは到底できない。

(3) 「」と記載した投票一票(検第八号)

この投票は選挙人が候補者山田義三郎の略称「ヤマダギ」を記載せんとして「ヤマダ」まで書いたがその後「ギ」を「ヅ」のように誤記したものとも解されるのでこれは「ヤマグチ」の誤記か「ヤマダギ」の誤記か判定することが困難であるから無効投票となすべきである。

(4) 「ヤマグ」と記載した投票一票(検第九号)

(5) 「ママグ」と記載した投票一票(検第十号)

(6) 「ヤマク」と記載した投票一票(検第十一号)

(7) 「ヤマグ」と記載した投票一票(検第十九号)

候補者中に山田義三郎、山口貞作の両名があるから、右四票の記載はいづれも候補者山田「ヤマダ」の「ダ」のなかに打点するのを脱落したものか、或は候補者山口、「ヤマグチ」の「チ」を洩したものかいづれとも判定できないから、すべて無効とすべきである。

(8) 「ヤマロツ」と記載した投票一票(検第十二号)

この投票は被告が裁決書において有効投票と認定したものであるからその有効なることは争はない。

(乙)  被告補助参加人石山栄の得票について。

(イ)  右石山栄の得票八百三十七票は全部有効である。

原告は右石山栄の得票中左の三票につき無効であることを主張するが、被告はすべて有効なりと解する。

(1) 「いすむらさかい」と記載した投票一票(検第一号)

この投票は選挙人が「いすやまさかい」と記載せんとし右の「やま」を「むら」と誤記したものであつて、本件選挙の候補者中には石村の姓を有する者がないから、右投票は当然候補者石山栄の有効投票となすべきである。

(2) 「イシマ」と記載した投票一票(検第二号)

選挙人が「イシヤマ」と記載せんとして誤つて「ヤ」を脱落したものと認められるのでこれも右石山栄の有効投票となすのが至当である。

(3) 「エシヤマ ハヅメ」と記載した投票一票(検第三号)

右投票の字体から判断するに、選挙人が候補者石山栄の名「栄」を「ハヅメ」と読み違つたものと認められるし、他方候補者中には他に石山の姓を有するもの或は「ハヅメ」の名を有する者はないのであるから、結局右投票の記載は石山栄の誤記と認め同人の有効投票となすのが相当である。

(ロ)  無効投票中「尸山サカエ」と記載した投票は石山栄と判読することができるから同人の有効投票である。

以上のとおりであるから石山栄の得票が山口貞作の得票より大となり原裁決は正当であり原告の本訴請求は棄却せらるべきものであると述べた。(立証省略)

被告補助参加代理人は

第一、候補者石山栄(参加人)の有効得票は合計八百四十四票であり、その内訳は次のとおりである。

(一) 八百三十四票

選挙会の決定した候補者石山栄の有効得票八百三十七票のうちその有効であることについて当事者間に争のないもの。

(二) 三票

右八百三十七票のうち原告が無効を主張するに対し参加人が有効を主張するもの。

(1) 「いすむらさかい」と記載した投票一票(検第一号)

候補者中に「石村」の姓を有する者はないし、また「栄」の名を有する者は参加人石山栄以外にはないから「いしやまさかい」の誤記と認むべきであり、選挙人の意思は右石山栄に投票したものであることが明白である。

(2) 「イシマ」と記載した投票一票(検第二号)

候補者中「石」の頭文字を有する者は石戸谷、石岡、石川、石山の四名あるが、右の記載に類似しているのは石山だけであるから、この投票は「イシヤマ」の「ヤ」を脱字したものであり、「イシヤマ」と判読すべきである。

(3) 「エシヤマ ハヅメ」と記載した投票一票(検第三号)

候補者中「石山」の姓を有する者は参加人以外になく「ハヅメ」の名を有する者は候補者中に一人もない。殊に参加人は訴外石山元吉の長男であり幼時から通称「ハジメ」「ハヅメ」といわれているから参加人の氏名を記載したものとして有効投票とみるべきである。

(三) 七票

これは参加人が無効投票中からその有効なることを主張するもの。

(1) 「栄山石」と記載した投票一票(検第二十七号)

この投票の記載は下から読むと石山栄と判読することができるし、またこれを栄、山石と名を先にし姓を後に記載したものと解することもできる。

その際選挙人が石山の姓を山石と誤記したものであり、候補者中に山石なる姓又は名を有する者は他にないから、この点からみても、右投票は石山栄の有効投票と解釈すべきである。

(2) 「ヤマサガエ」と記載した投票一票(検第二十九号)

候補者中に「ヤマ」の姓を有する者はなく、名を「サカエ」と称する者は参加人以外にないから、この投票は選挙人が「イシヤマサカエ」と書こうとして「イシ」を脱字したものとみるべきであり、参加人に対する投票と判読することができる。

(3) 「尸山サカエ」と記載した投票一票

この投票の記載は石山栄と判読可能であり、このことについては当事者間に争がないので同人の有効投票となすべきである。

(4) 「イシオカサカイ」と記載した投票一票(検第二十八号)

(5) 「イシヲカサカエ」と記載した投票一票(検第三十一号)

(6) 「石岡栄」と記載した投票一票(検第三十二号)

(7) 「石川さかい」と記載した投票一票(検第三十号)

候補者中には石岡健次郎、石岡典修、石川源太なる石岡姓、石川姓の者があるが、その名は三文字または二文字で参加人の名「栄」のように一文字ではなく且つその名も「栄」と似ているのは一つもない。従つて「石岡栄」「石川栄」と記載した右投票はたまたまその姓が他の候補者の姓と合致しているとしても、参加人の姓には石の文字があるから、之を目して他の石岡または石川の姓と参加人の名とを混記したもの、または他の候補者の姓名と参加人の姓名の何れを記載したか確認し難いものとして無効と解すべきではなく、参加人の有効投票と判読すべきである。これは投票に記載された名を姓より重しとするものでもなく、また姓は誤記するが名は誤記することなしとする趣旨でもなく、姓名を一体的に観察して右各投票の記載を参加人「石山栄」「イシヤマサカイ」の誤記として参加人の有効投票と認むべきである。

第二、訴外山口貞作の有効得票は八百二十四票及び按分票を加えたものである。

これは選挙会で決定した候補者山口貞作の得票八百三十一票のうちその有効であることにつき当事者間に争のないものである。

(一) 右八百三十一票中参加人が無効を主張するものは左の七票である。

(1) 「ヤマロチ」と記載した投票一票(検第二十号)

「ヤマロチ」とそのまゝ読むと斯る候補者はないし、また「ロ」を「口(クチ)」と判読すると「チ」は他事記入となり無効である。

(2) 「山口直作」と記載した投票一票(検第二十一号)

(3) 「山口貞一」と記載した投票一票(検第二十二号)

(4) 「山口貞夫」と記載した投票一票(検第二十三号)

以上の三票は候補者でない者の氏名を記載したものとして無効である。

(5) 「上口貞作」と記載した投票一票(検第二十六号)

この投票も候補者でない者の氏名を記載したものとして無効である。仮に貞作の二字だけを取りあげても候補者中に山口貞作、福島貞作の両名があり按分投票とするの外ない。

(6) 「山口範代」と記載した投票一票(検第二十四号)

この投票は候補者中山崎範代の有効投票と認むべきで、山口貞作に対する有効投票とすべきではない。

(7) 「山口簡」と記載した投票一票(検第二十五号)

この投票の記載は山口貞作と判読することはできない。むしろ山口栄と判読すべきで、これは山口貞作、石山栄の混記投票として無効である。若し右記載のうち「簡」を「栄」と判読し難いとすると他事記入として無効投票である。

(二) 原告は無効票のうちから左の十四票を候補者山口貞作の有効投票と主張するが、これはいづれも当然無効票たるべきものである。

(1) 「」と記載した投票一票(検第六号)

(2) 「」と記載した投票一票(検第七号)

(3) 「」と記載した投票一票(検第八号)

(4) 「ヤマグ」と記載した投票一票(検第九号)

(5) 「カマグ」と記載した投票一票(検第十号)

(6) 「ヤマク」と記載した投票一票(検第十一号)

(7) 「ヤマロツ」と記載した投票一票(検第十二号)

右各投票の記載は候補者中に山田、山崎の姓を有する者があるところからみて結局何人に投票したか確認し得ないものである。殊に右(2)の投票は自ら候補者の氏名を記載し得ないものが他人から型紙を渡されたが文字を知らないのでこれをひつくりかへして型内で書いたものとも認められ当然無効である。(3)乃至(6)はむしろ候補者山田義三郎に投票せんとしたものであるとみるべく、候補者山口貞作に対する投票とは判読不能である。

(8) 「ラサ」と記載した投票一票(検第十三号)

(9) 「カマワチチリ」と記載した投票一票(検第十四号)

右二票は山口貞作の氏名の記載とは絶対に判読できない。(9)のうち「カマワチ」の記載を強いて「山口」と判読すると仮定しても「チリ」の記載は他事記入であり無効投票である。

(10) 「山口」と記載した投票一票(検第十五号)

(11) 「カマグチ」と記載した投票一票(検第十六号)

この二票も(8)(9)と同様に判読不能である。もし右投票中の「山口」「カマグチ」を取つて山口貞作と判読できるとするとその他の記載は他事記入でともに無効である。

(12) 「ママグ」と記載した投票一票(検第十九号)

何人に対する投票か判読不能である。

(13) 「ヤマウチ」と記載した投票一票(検第十七号)

(14) 「ヤマウツ」と記載した投票一票(検第十八号)

以上の二票は候補者以外の者の氏名の記載で無効である。殊に候補者中に山田義三郎あり山口と判読することは不可能である。

(三) 候補者山口貞作と同福島貞作とに按分さるべき投票が原告主張のとおり選挙会決定のもの一票及び県選管決定のもの一票あることは認める。

以上のとおりであるから候補者石山栄の有効得票は八百四十四票であるに対し、同山口貞作の有効得票は八百二十四票及び右二票の按分したものを加えたものにすぎないから石山栄の得票が大であることは明白であると述べた。(立証省略)

理由

原告等三名が昭和三十年四月三十日執行の弘前市議会議員選挙における選挙人であつたこと。右選挙の定員は三十六名であり、開票の結果、選挙会は候補者前田宗忠の得票八百九十票(第三十五位当選)同石山栄(被告補助参加人)の得票八百三十七票(第三十六位当選)同山口貞作の得票八百三十一票三割六分(次点)と決定告示したこと。原告等三名が昭和三十年五月十三日弘前市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し当選の効力に関し異議の申立をなしたところ、市選管は同年六月八日異議棄却の決定をなし右決定書は翌九日原告等に交付されたこと。原告等はこれを不服とし同年六月二十九日被告青森県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に対し訴願を提起したが、県選管も同年九月十五日訴願棄却の裁決をなし翌十六日該裁決書は原告等に交付されたこと。原告等が同年十月十二日本訴を提起したことは当事者間に争のないところである。

第一、候補者山口貞作の有効得票について検討する。

(一)  八百二十四票

選挙会が同候補の得票と決定した八百三十一票のうちその有効得票であることについて当事者間に争のないもの。

(二)  五票

右八百三十一票から前記八百二十四票を除いた残余のうち同候補の有効得票と認むべきもの。

(1)  「ヤマロチ」と記載した投票一票(検第二十号)

この投票の記載をみるに、(検証調書添付の写真による、以下これを省略し単に上記のように記載する)字体が稚拙であり、文字に親まない選挙人が記載したものと認められ、他方本件選挙の候補者中に右記載に類似する氏名を有する者のないことは成立に争のない甲第一号証によつて明白であるから、この投票は選挙人が山口と記載しようとして仮名と漢字を混合して「ヤマ口」と記載し、これだけでヤマグチと読み得るのにさらに「チ」を付する必要があると誤解して「チ」を付加したものと解することができるので、この投票は山口候補の氏を記載した有効投票とみるべきである。

(2)  「山口直作」と記載した投票一票(検第二十一号)

(3)  「山口貞一」と記載した投票一票(検第二十二号)

(4)  「山口貞夫」と記載した投票一票(検第二十三号)

この三票の記載をみるに山口候補の氏を明白に記載しているのみならず、本件選挙の候補者中には直作、貞一、貞夫の名を有する者がないことは前記甲第一号証の記載によつて明白であるから、いづれも選挙人が山口貞作と記載しようとしてその名を右のように誤記したものと解することができるので山口候補に対し投票した有効なものとなすべきである。

(5)  「上口貞作」と記載した投票一票(検第二十六号)

この投票の記載をみると、山口候補の名「貞作」を完全に記載してあり、また本件選挙の候補者中には「上口」なる氏を有する者のないことは前顕甲第一号証の記載によつて認め得るところであるからこの投票は選挙人において山口貞作と記載せんとし「山」をこれと類似する文字である「上」と誤記したものと認めることができるから、山口候補の氏名を記載した同候補に対する有効投票となすべきである。

(三)  五票

選挙会が無効投票となしたもののうち山口候補の有効投票と認むべきもの

(1)  「」と記載した投票一票(検第六号)

この投票の記載をみるに、最上方は「山」の字に似てはいるが必ずしも明確でなく、その下方は記載内容が不明であつて山口と判読することは到底不可能であるから同候補の有効投票となすことはできない。

(2)  「」と記載した投票一票(検第七号)

この投票の記載は詳しく調べてみても「ヤマグチ」と判読することは不可能であるから同候補の有効投票となすことはできない。

(3)  「ヤマダヅ」と記載した投票一票(検第八号)

この投票の記載は普通の読み方に従つて上方から下方に読もうとしても全然読み得ないし、下方から上方に読むと「ヤマダヅ」と記載されていることがわかるが、これについては一方選挙人は「ヤマグチ」と記載せんとし誤つて「グ」に打点して「ダ」となし「チ」を「ヅ」と訛つたものと解することができないわけでもないが、他方本件選挙の候補者中に山田義三郎の存することは前記甲第一号証の記載によつて明白であるから、右記載は或は選挙人が右山田候補の氏名を略して「ヤマダギ」と記載せんとし最後の一字を「ヅ」と誤記したものとも解することができるので、この投票は結局候補者の何人を記載したか確認し難く無効投票となすの外ない。

(4)  「ヤマグ」と記載した投票一票(検第九号)

この投票も右(3)の投票の場合と同様に選挙人が「ヤマグチ」と記載せんとして「チ」を誤脱したものか、或は前記山田候補の氏「ヤマダ」を記載せんとし「グ」に打点することを忘れたものか不明であるから、山口候補、山田候補のいづれの氏を記載したものか判別できないので、候補者の何人を記載したか確認し難い無効投票となすの外ない。

(5)  「カマグ」と記載した投票一票(検第十号)

(6)  「ヤマク」と記載した投票一票(検第十一号)

右(5)の投票については、その記載が幼稚なところからみて最初の一字は「ヤ」を誤つて「カ」の如く記載したものと解することもできるが斯く解するにしても右(5)(6)の二票は一方山口候補の氏を記載せんとし「チ」を誤脱し或は「ク」に対する濁点及び「チ」を遺脱したものか或は前記山田候補の氏を記載せんとし打点を遺脱し或は打点と共に濁点を誤脱したものか、この記載のみによつては判別不能であり候補者の何人を記載したか確認困難なものとして無効投票となすべきである。

(7)  「ヤマロツ」と記載した投票一票(検第十二号)

この投票の記載をみるに、その字体が極めて幼稚であるから、これは教育程度の低い文字に親まない選挙人が山口候補の氏を記載しようとして仮名と漢字を混合して「ヤマ口」と書きさらにその下に「チ」またはこれを訛つた「ツ」を付加する必要はないのに「チ」または「ツ」を付加する必要があると誤解し、右のように記載したものと解することができるし、(本件選挙の行はれた弘前市地方で「チ」を「ツ」と訛つて発音しまたは記載することは当裁判所に顕著な事実である)他方右「ツ」の記載をもつて有意の他事記載とみなければならないような事情は認められないので、この投票は山口候補の氏を記載した有効投票とみるべきである。

(8)  「カマワチチリ」と記載した投票一票(検第十四号)

この投票の記載は山口候補の氏、または名、或は氏名を記載したものとは判読できないから同候補の有効投票となすことはできず無効投票たるべきものである。

(9)  「山口」と記載した投票一票(検第十五号)

この投票の記載をしさいに点検すると、漢字に習熟しない選挙人が漢字で「山口」と記載したが極めて拙劣な字体であるため右「山」の左右にそれぞれ「山」と書き直してみたがなお意に満たないので全部を抹消し、その下方にあらたに「山口」と記載したものであることを認めることができるので、右上方の記載は何等有意の他事記載となすべきではなく、山口候補の氏を記載したものとして同候補の有効投票たるべきものである。

(10)  「カマグチ」と記載した投票一票(検第十六号)

この投票の記載を精細に検討するに、全体として極めて幼稚な字体であるから上方の記載は文字に習熟しない選挙人がまつ仮名の「ヤ」を記載せんとして数回努力したが、その都度失敗したので長い横線をもつて抹消したものであると認むべきであり、何等これを有意の他事記載となすべき事情は認められないところであるし、またその下方の四字は「ヤマグチ」と記載せんとしたがその「ヤ」を正確に書き得ず「カ」に近い字体となつたものとみることができるので右投票は「ヤマグチ」すなはち山口候補の氏を記載した有効投票と解すべきである。

(11)  「ヤマウチ」と記載した投票一票(検第十七号)

(12)  「ヤマウツ」と記載した投票一票(検第十八号)

以上二票の記載が仮名でしかも稚拙な文字で記載されているところからみて教育程度の低い選挙人が山口候補の氏を誤つて右のように記載したものと認められ他方前顕甲第一号証によつて本件選挙の候補者中には山内、ヤマウチの氏名を有する候補者のないことが明らかであるから、右二票は山口候補の氏を記載した有効投票とみるべきである。

(13)  「ヤマグ」と記載した投票一票(検第十九号)

この投票は選挙人が山口候補の氏に則り「ヤマグチ」と記載せんとして「チ」を脱したものか、或は前記山田候補の氏「ヤマダ」を記載せんとして打点を脱したものか判定し難いので候補者の何人を記載したか確認し得ないものとして無効投票たるべきである。

(四)  按分票について。

候補者山口貞作と同福島貞作とに按分さるべき投票として選挙会の決定した一票及び県選管が右福島候補の得票中から発見した「ていさく」と記載した一票が存することは当事者間に争のないところであり、また本件の無効投票中に存する「テサ」と記載した投票一票(検第十三号)についてみるに、その字体が稚拙であるところからみて教育程度の低い文字に習熟しない選挙人が「テサ」と記載せんとし最初の文字「テ」を正確に書かなかつたため一見して「ラ」のように見えるが、実は「テ」と記載したものであることが認め得るところであるから、右記載は「テサぐ」であり、しかも本件選挙の候補者中には「テサぐ」なる氏を有する者はなく、前記候補者山口貞作、同福島貞作の名がこれに類似することは前掲甲第一号証の記載によつて明白であるから右投票は選挙人において「テイサク」と記載せんとして「イ」を誤脱し「ク」を「ぐ」としたものと認め得るので(本件選挙の行はれた弘前市地方で一般にか行の音を濁つて「が、ぎ、ぐ、げ、ご」と発音しまたは記載することの多いのは当裁判所に顕著な事実である)この投票は前記両候補者の名「貞作」を仮名で記載したものとして有効票であり、右両候補者に按分さるべきものとなすべきである。以上の按分票三票をこれを除いた山口候補の有効投票八百三十四票と福島候補の有効投票千四百七十六票との割合によつて按分するに山口候補の得票は一票八分となることは算数上明白である。

以上のとおりであるから、候補者山口貞作の有効投票は八百三十五票八分と判断する。

第二、候補者石山栄(被告補助参加人)の有効得票について検討する。

(一)  八百三十四票

選挙会が同候補の得票と決定した八百三十七票のうちその有効得票であることについて当事者間に争のないもの。

(二)  三票

右八百三十七票から前記八百三十四票を除いた残余で同候補の有効得票と認むべきもの。

(1)  「いすむらさかい」と記載した投票一票(検第一号)

本件選挙の候補者中に「いすむら」「いしむら」の氏を有する者のないこと及び「さかい」に類する名を有する者は右石山栄以外にないことは前記甲第一号証の記載によつて明白であることから判断し、また右投票の記載が稚拙であることからみて教育程度の低い選挙人が石山候補の氏名を記載しようとして「石山」を「いすむら」と誤記したものと認め得るから(本件選挙の執行された弘前市地方で一般に「し」を「す」と訛つて発音しまたは記載することは当裁判所に顕著な事実である)右投票は石山候補の氏名を記載したものとして有効投票となすべきである。

(2)  「イシマ」と記載した投票一票(検第二号)

本件選挙の候補者中その氏名の冒頭に「イシ」のつくのは、石戸谷、石岡、石川、石山の四名あるが、右の記載に最も近似するのは石山候補だけであることは前顕甲第一号証の記載によつて明瞭であるから、この投票も選挙人が石山候補の氏を仮名で「イシヤマ」と記載せんとし「ヤ」を誤脱したものと認めることができるので右の投票の記載は「イシヤマ」すなわち「石山」と判読し同候補の有効投票となすべきである。

(3)  「エシヤマ ハヅメ」と記載した投票一票(検第三号)

本件選挙の候補者中「エシヤマ」に類する氏を有する者は石山栄以外にないことは前記甲第一号証の記載によつて明らかであり、本件選挙の行はれた弘前市方面において「イ」を「エ」と訛つて発音し記載するのが通例であることは当裁判所に顕著な事実であるから、右の「エシヤマ」なる記載は「石山」を指すものと解することができるし、さらに証人小野喜代市、同中沢末四郎、同石山武一、同石岡寅吉の各証言によると、石山候補は幼時から近親者、知人から時に「はじめ」と呼ばれこれが同候補の名の通称となつていることを認めることができるので、右投票の記載は石山候補の氏とその通称を訛つて「はづめ」となしこれを結合し片仮名をもつて記載したものと認むべきであり、同候補の有効投票となすべきである。

(三)  三票

被告及び被告補助参加人が無効投票中石山候補の有効投票と主張するものについて検討する。

(1)  「栄山石」と記載した投票一票(検第二十七号)

この投票の記載を下方から上方に読むと石山栄と判読することができるので石山候補の氏名を記載した有効投票と解すべきである。尤も人の氏名を漢字で縦書にする場合下方から上方に書くことは極めて稀であり一般に人名その他の記載を読むには上方から下方に読みおろすのが例であるが、この投票の記載は明らかに下方から上方に読むことによつて石山候補の氏名を記載したものと認め得る以上、選挙人の同候補に投票せんとする意思が明示されているものというべく、その書き方が一般の例に従つていないとか、その記載を読むのに一般の例とは逆な方向によらなければならないことをもつて、これを無効投票となさねばならない理由はない。

(2)  「ヤマサガエ」と記載した投票一票(検第二十九号)

本件選挙の候補者中に「ヤマ」の氏を有する者はなく「サガエ」またはこれに類する名を有する者は石山候補以外にないことは前記甲第一号証の記載によつて明白であるから、右投票は選挙人が「イシヤマサカエ」と記載せんとして「イシ」を遺脱し、前叙のとおり「カ」を一般の例のとおり濁つて「ガ」と記載したものと認めることができるので同候補の氏名を記載した有効投票となすべきである。

(3)  「尸山サカエ」と記載した投票一票

この投票の記載が「石山サカエ」と判読できることは当事者間に争のないところであるから同候補の有効投票となすべきである。

(4)  「イシオカサカイ」と記載した投票一票(検第二十八号)

(5)  「イシヲカサカエ」と記載した投票一票(検第三十一号)

(6)  「石岡栄」と記載した投票一票(検第三十二号)

(7)  「石川さかい」と記載した投票一票(検第三十号)

本件選挙の候補者中に石岡健次郎、石岡典修、石川源太の三名があることは前顕甲第一号証の記載によつて明瞭であるから右各投票(合計四票)の記載は石山候補の名「栄」と前記三候補の氏との混記と認むべきであり、結局候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効投票たるべきものである。

以上のとおりであるから石山候補の有効得票は合計八百四十票と判断する。

第三、結論

すでに認定説示したところによつて明白なとおり、石山候補の有効得票は八百四十票で山口候補のそれは八百三十五票八分であるため石山候補が本件選挙における第三十六位の当選者、山口候補は次点者たるべきであるから、これと同趣旨の見解に基き原告等の本件訴願を棄却した被告の裁決は結局正当であり、原告等が右裁決の取消を求める本訴請求は失当として棄却するの外ない。すなわち民事訴訟法第八十九条第九十三条に則つて主文のとおり判決する。

(裁判官 浜辺信義 松本晃平 兼築義春)

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